「化粧療法」や「ルックスケア」という言葉が美容だけでなく医療の世界でも使われるようになってきたのは、まだ最近のこと。しかし、言葉として使われていなくても医療の世界では実はもっと前から「ルックスケア」は行われていました。患者様の負担を最小限にしたい、そんな想いから自然にルックスケアに携わってきた大分大学学長の北野正剛先生に「ルックスケアと化粧療法医学」についてお話を伺いました。
自らの手で人を救いたい気持ちから外科医に
――医師を志したキッカケを教えてください。
北野 私が中学、高校生の頃、その当時は分子生物学、それこそDNAというのが出てきていた時代で、自分は理系だと思っていたので、理系に進むことはその頃から決めていました。その中で、ちょうど高校を卒業する頃に、内科医をしていた叔父が、48歳という若さで心筋梗塞によって亡くなってしまいました。自分の身体も考慮せず毎日患者さんを診て、朝から晩まで働いていました。それこそ、お昼ご飯もお茶漬けをササッと食べて患者さんを診ていたというような、過酷な医師人生を送っていたのです。その叔父をキッカケに、人を助けたいという気持ちが生まれ、医師を志しました。卒業の頃、医師になるキッカケと同時に、卒業前になると内科や外科など、いろいろな教授から「自分のところに来てほしい」とお誘いを頂くのです。その中でも内科の教授のお誘いが強かったので内科に行こうと思いましたが、僕の性格上何事も素早く対応するのが合っているのと、もう一つは、例えば交通事故などで血を流して倒れている人がいる、これを助けられるのは外科医だと。自らの手で助けてあげることができるので、最終的に外科の道に進むことに決めました。
傷をつけない手術を始めたことが結果として
ルックスケアに
――ルックスケアや化粧療法に携わることになったキッカケは何ですか?
北野 当時はルックスケアという形ではなく、今考えたらルックスケアや化粧療法に携わっていた、というのが本音です。そのキッカケになったのは腹腔鏡手術という、お腹に小さな穴をあけて、そこからトンネルを作ってお腹を膨らませて、その中でテレビカメラを見ながら手術するということを、1990年から始めたのが最初だと思います。
もっと前のことになりますが、私は九州大学医学部出身、卒業後二年目から大学院に行きました。その当時、食道静脈瘤出血の専門の教授のもとで学んだ後に南アフリカのケープタウンに留学しました。帰国後、大学院時代の教授と、肝硬変になってしまった患者さんを救うために、内視鏡を使った方法を開発しました。もともとは急性出血を止めてから手術をする目的だったのですが、実際には静脈瘤自体の治療ができてしまったのです。この頃はまだ、手術というと胸を開け、お腹を開け、術後は2~30cmの傷があるのが普通でした。それが、内視鏡を行うことで傷が全く目立たなくなり、さらにその後1990年にお臍に小さな穴をあけて胆のうを取るという腹腔鏡手術が始まって、同年の12月13日に西日本で初めて腹腔鏡手術を始めました。そこから約30年間、いろいろな手術に応用されてきました。今では大腸がんや胃がんでも半分以上の割合でこの手術が適用されています。それによって今では痛みが少ない、傷が少なく退院も早い、そしてこれは女性に多いですが美容的観点からもQOLの向上が見込めるようになりました。約30年間のそういった流れがルックスケアや化粧療法に繋がっていたのだと思っています。
患者さんの社会復帰のサポートに繋がる治療法こそが「ルックスケアと化粧療法」
――ルックスケアや化粧療法に携わってきて感じた、これらの重要性や効果を教えてください。
北野 少し前のことから言うと食道静脈瘤をカメラで潰す、そして腹腔鏡手術で胆のうや胃がんの手術をする、これらは患者さんの負担を減らすことでとても喜ばれてきました。そこでその術式を応用し、2004年に口から入れる内視鏡を日本に初導入し肥満外科というのを始めました。本来はただ体重を落とすなどの美容目的ではなく、糖尿病や高血圧などの病気を持っていて、体重が重いから足が痛い、動けない、そういった症状の方たちにこの手術をすることで体重も落ち、結果的にはまず病気が治ります。病気が直れば先ほどのような症状もなくなる。しかしそれだけではなく、もともと肥満体系だった方の体重が落ちるということは、いわゆる見た目としても変わるわけです。そうすることで、今まで病気に加えてコンプレックスになっていたことがまとめて解決されるのです。患者さんからは人生が変わった、自信を持てるようになった、など患者さんが喜ぶルックスケアがここにもある、と感じました。病気になってしまった方々は、戦う体力だけでなく精神的にも負担が大きいですから、ルックスケアや化粧療法の重要性や効果というのは、そういった部分の緩和をすること、まさに社会復帰のサポートに繋がること、だと思います。
――北野学長が考えるルックスケア・化粧療法とはどういうものですか?
北野 私は、がん治療にずっと携わってきました。その中で抗がん剤を使用しますが、知っている方も多い副作用で脱毛症があります。これを何とかできないかと考えていました。そんな時、抗酸化に着目しました。酸化というのは必ずしも身体にいいものではありません。そこで2009年から抗酸化剤という研究を始めαリポ酸誘導体にたどり着き研究を重ねたところ、抗がん剤での脱毛が予防されることがわかりました。その結果から頭髪メーカーの方と出会って、抗がん剤脱毛の予防薬でトニックを開発しました。このあたりから化粧療法の領域に近づいてきたのです。患者さんに優しい治療、負担の少ない手術、副作用の軽減など、こういった形で患者さんに向き合ってきたことが、結果的にルックスケアや化粧療法に繋がっていました。このように意識的ではなく自然とルックスケアや化粧療法に携わってきたのですが、今では患者さんのメンタルやコンプレックスを理解した上でQOLの向上ができるのだと感じています。私の考える化粧療法とは、いわゆる化粧をすることによって、自己肯定感を高めて後ろ向きだった方の人生を前向きにしてあげることができる、ルックスケアとは冒頭でも話をした腹腔鏡手術などの低侵襲性手術で見た目や回復の速さで社会復帰に繋げられる。結果的には社会との繋がりが経済面を支え、国を支えることにも繋がる、とても大切な役割をもつ分野であり社会貢献に繋がることだと考えています。
幅広く認知してもらうことでいいサイクルを
作っていきたい
――ルックスケアと化粧療法についての今後の展望を教えてください。
北野 まだまだ一般的には聞きなれない言葉ですし、ルックスケアとは?化粧療法とは?ということの広報もいずれはメディアを通じてすることも必要だと思います。ただ、その前に私たち自身がルックスケア、化粧療法とは何かをしっかりと定義なり確立をしていかないといけないと思います。その情報発信の場として、化粧療法医学会をはじめとする関連学会、あるいはルックスケアや化粧療法に適する病気などの学会、例えば私の所属している癌治療学会などもそうですが、そういった場で広く認知していくことが第一歩だと考えています。確立するには、やはりエビデンスが必要です。「顔色がよくなりました、いいですね」だけではなかなか化粧療法とは言いにくいですから、例えばがん患者さんのルックスケアを施すことによって、精神的にうつ状態が改善する、認知症患者さんの症状が軽減する、など関連学会でエビデンスを発表し国に働きかけていく。そして学んでもらって、国民の皆さんに還元できる、そういういいサイクルを作らなければならないと思っています。
大分大学学長 北野 正剛
【専門領域】
消化器外科、内視鏡外科、消化器内視鏡
経 歴
昭和51年 6月 九州大学医学部附属病院 医員(第二外科)
昭和56年 4月 福岡市立第一病院(外科)
昭和56年10月 国立療養所福岡東病院(外科)
昭和58年 5月 ケープタウン大学(外科 Senior consultant doctor)
昭和63年10月 九州大学医学部附属病院 講師(第二外科)
平成 2年 4月 済生会八幡総合病院(外科部長)
平成 4年 5月 九州大学医学部附属病院 講師(第二外科)
平成 5年 5月 大分医科大学医学部 助教授(外科学講座第一)(科長代行)
平成 8年 4月 大分医科大学医学部 教授(外科学講座第一)
平成15年10月 大分大学医学部 教授(外科学講座第一)(統合のため名称変更)
平成23年10月 大分大学長
主な学会の役職
日本消化器外科学会 名誉理事長 (2015-)
日本内視鏡外科学会 名誉理事長 (2016-)
日本消化器内視鏡学会 顧問 (2018-)
日本ロボット外科学会 理事 (2015-)
日本高齢消化器病学会 理事 (2005-)
日本創傷治癒学会 監事 (2018-)
日本肥満症治療学会 理事 (2014-)
日本臨床工学技士会 理事 (2013-2017)
日本禁煙学会 理事 (2018-)
日本から外科医がいなくなることを憂い行動する会 理事 (2009-)
病理診断の総合力を向上させる会 理事 (2015-)
内視鏡医学研究振興財団 顧問 (2020-)
大分県病院事業 顧問 (2018-)
日本学術会議 連携会員 (2013-)
腹腔鏡下胃切除研究会 代表世話人 (2000-)
内視鏡下肥満糖尿外科研究会 代表世話人 (2006-)
先進内視鏡治療研究会 顧問 (2019-)
癌・炎症と抗酸化研究会 代表世話人 (2010-)
アジア医療教育研修支援機構(AMETS) 理事長 (2018-)
公益社団法人国際化粧療法協会 理事長 (2021-)
アジア内視鏡人材育成支援大学コンソーシアム(UCDELSA) 運営委員長 (2016-)
メディカル・イノベーション・コンソーシアム(MIC) 名誉理事長 (2018-)
関東経済産業局事業(MEDICAL TAKUMI JAPAN) Project Advisor (2016-2019)
Dr. Style TV 「がん魅せ技」 総監修 (2009-)
国際化粧療法医学会 大会長
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) Program Officer/Program Supervisor (2015-)
International Federation of Societies of Endoscopic Surgeons (IFSES) 前会長(2012-2014)
The Asian-Pacific Society for Digestive Endoscopy (APSDE) 会長(2014-)
Mekong Endosurgery Development Association (MESDA) 会長(2016-)
Asia Endosurgery Task Force (AETF) 初代会長(2006-)
Asia Pacific Society for Digestive Surgery (APSDS) Executive Member(2017-)
The Royal College of Surgeons of Thailand Honorary Fellow(2017-)
Asia Pacific Endo-Lap Surgery Group (APELS) Vice Chairman (2014-)
Endoscopic and Laparoscopic Surgeons of Asia (ELSA) Honorary Member/Court of Honor (2018-)
Minimal Access Surgery Training Centre, Minimal Access Surgery Training Centre, Pamela Youde Nethersole Eastern Hospital, Hong Kong/ Honorary Advisor, International Advisory Board (2015-)
受賞
1992年 第44回日本消化器内視鏡学会総会会長賞
2004年 第56回大分合同新聞文化賞
2016年 高松宮妃がん研究基金学術賞
2017年 Sadataka Tasaka 名誉講演賞