ヘパリン類似物質 保湿効果の詳しいメカニズムや取り入れ方を解説
近年、ヘパリン類似物質を配合する市販薬や薬用化粧品が増えているのをご存じですか。もともとは医療用医薬品の皮膚保湿剤である「ヒルドイド」に含まれる有効成分で、アトピー性皮膚炎などの患者さんに使用されてきました。
この記事では、ヘパリン類似物質の保湿効果の詳しいメカニズムや他の保湿剤との違い、製剤別の特徴などを徹底解説します。
今回、ヘパリン類似物質について教えてくれたのは
薬剤師 藤原 智沙恵 さん
研修認定薬剤師、1児の母。
メーカーで化粧品・医薬部外品の研究開発職に従事し、スキンケア製品や衛生用品の開発に携わる。
薬事申請や2度の特許出願なども経験した後に、調剤薬局の薬剤師へと転職。
薬局で様々な皮膚疾患をもつ患者さんの服薬指導にあたり、さらに多くの人に正しい情報を発信していきたいという思いを持ち、医療・美容分野を中心に執筆活動を始める。
薬剤師やメーカー勤務時代に取得した化粧品成分上級スペシャリストの資格を活かし、化粧品成分の安全性や美容サプリメントの正しい服用方法などを伝える記事の執筆・監修に積極的に取り組んでいる。
ヘパリン類似物質とは
ヘパリン類似物質は、ヘパリンとは異なる成分です。ここではヘパリンとの違いやヘパリン類似物質の働きについて解説します。
ヘパリンとは
ヘパリンとは、もともとヒトの肝臓で作られている糖類の一種で、ムコ多糖というヒアルロン酸やコンドロイチン硫酸の仲間です。ヘパリンは、アンチトロンビン(血液が固まるのを抑制するタンパク質)の働きを助けることで、血を固まりにくくして、血液の流れを良くする作用があります。医療現場では血栓症の治療薬として使われています。
ヘパリン類似物質とは
ヘパリン類似物質は、ヘパリンと構造が似ていることからその名を付けられました。コンドロイチン硫酸を多硫酸化させたエステル構造をもつことから、別名をムコ多糖類多硫酸エステル、洋名をheparinoid(へパリノイド)といいます。
ヘパリン類似物質は以下のような作用が報告されています。
●角質水分保持増強作用
ヘパリン類似物質は、構造式の中に硫酸基・水酸基・カルボキシ基といった水を吸着する作用がある親水基を多数持つため、強力な保湿効果を長時間持続させることができます。
その保湿効果はワセリンや尿素よりも高く、さらに刺激が少ないことが知られています。医療現場では主要な保湿剤として、アトピー性皮膚炎のドライスキンや抗がん剤服用中の皮膚障害など、幅広く使われています。
●血行促進作用
ヘパリン類似物質はヘパリンと同様に、構造式の中に硫酸イオンなどの負(マイナス)電荷を多数持つことでアンチトロンビンの作用を高めるため、血液を固まりにくくして血液の流れを良くする血行促進作用があります。そのため、医療現場ではしもやけや傷跡を残りにくくするような目的で使われることがあります。
●抗炎症作用
ヘパリン類似物質は、ステロイドや非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)とは異なるメカニズムで抗炎症作用を示します。そのメカニズムは、ヒアルロニダーゼの働きを抑制すると同時に、局所の血行やリンパ液の流れを促進することなどによるものと言われています。
ヒアルロニダーゼはヒアルロン酸を分解するだけでなく、炎症時に活性化されて組織を破壊したり、炎症系細胞の血管透過性を亢進させたりすることが知られています。
●線維芽細胞(せんいがさいぼう)増殖抑制作用
ヘパリン類似物質は線維芽細胞が増えすぎないようにコントロールする働きがあります。
線維芽細胞は、肌の真皮層でコラーゲン・エラスチン・ヒアルロン酸を作りだす細胞で、血管の健康状態を保つ働きも持ちます。美肌作りに欠かせない細胞ですが、逆にこの線維芽細胞が増殖しすぎるとコラーゲンの異常増殖で皮膚が盛り上がってケロイドが発生します。
ニキビや火傷、手術などの傷跡でコラーゲンが増殖して皮膚がひきつった(硬くなって萎縮した)場合の治療薬の一つとして、医療現場で使用することがあります。
保湿剤の種類と比較
保湿剤は同じ成分でも剤形の違いによって保湿力や塗りやすさなどが異なります。ここでは保湿効果に焦点を当てて詳しく解説します。
保湿剤の種類
保湿剤は、保湿作用の違いから、「モイスチャライザー」と「エモリエント」の2つに分類されます。
●モイスチャライザー
肌の角質層に直接的に水分を与えることで保湿効果を発揮します。水溶性成分で、水を抱き込む力があります。
(例)ヘパリン類似物質、尿素、ヒアルロン酸、グリセリンなど
●エモリエント
肌の角質層から水分が蒸発しないように表面にふたをすることで保湿効果を発揮します。脂質(脂溶性)成分で、肌の上で皮脂膜のように機能します。
(例)ワセリン、スクワラン、ミネラルオイル、ホホバオイルなど
モイスチャライザーで肌に水分を与えて肌を柔らかくし、エモリエントで水分が逃げないようにふたをすることで、より高い保湿効果を発揮することができます。どちらか一方だけではなく、両方の成分を取り入れることが、乾燥対策を行う上でのポイントです。
ヘパリン類似物質はモイスチャライザーに分類される保湿成分ですが、実際の製剤では基剤にエモリエントのワセリンやスクワランが配合されていて、製剤全体としては両方の保湿作用をもつこともあります。
剤形による保湿効果の比較
外用剤は、上記のように、薬効成分である主剤とそれ以外の基剤から構成されています。基剤の選択によって使用感だけでなく、薬の効きやすさや副作用の発現にも違いが出る場合があるため、用途や肌の状態によって剤形を分けることが大切です。
●軟膏
軟膏は、主にワセリンなどの脂溶性物質をベースとした疎水性基剤です。半透明で、固く伸びは悪いですが、保湿力が高いのが特長です。
皮膚保護作用があり刺激が少ないため、口や目の粘膜に塗る薬にも用いられています。皮膚に傷がある場合や皮膚がただれている場合などは、クリーム・ローション・ゲルなどでは刺激になるため、軟膏を使います。
●クリーム
白色ワセリンなどの脂溶性物質と共に、グリセリンなどの親水性物質も基剤に含まれています。この「水と油」を混ぜるために界面活性剤(乳化剤)が添加されているだけでなく、親水性物質は微生物を繁殖させやすいため、防腐剤も配合されています。
そのためクリームはバリア機能が低下している肌に塗ると刺激性が高いという欠点がある一方で、軟膏に比べてなめらかで伸びが良く、主剤の薬効成分が皮膚に吸収されやすいという優れた特長があります。
・油性クリーム
油性クリーム(W/O型)は主に「油」の性質を持ち、こってりと厚みがある感触で水や汗に落ちにくいのが特長です。水性クリームと比較すると、皮膚の保護作用も高いです。
「ヒルドイドソフト軟膏®」などの○○ソフト軟膏は、油性クリームに分類されます。
・水性クリーム
水性クリーム(O/W型)は主に「水」の性質を持ち、なめらかなテクスチャで塗りやすいのが特長です。油性クリームよりも刺激性が強く、水や汗で落ちやすいという欠点があります。
●ローション
液状で、水やグリセリンなどの親水性の物質がベースとなっています。薬効成分が角質層に移行しやすいため即効性がある一方で、体温で基剤が蒸発しやすく、薬効の持続時間が短いという欠点があります。またクリームと同様に、防腐剤が添加されているため、皮膚のバリア機能が低下していると刺激が出る場合があります。
●乳液
乳白色のとろみのある液状で、ローションよりも油性成分の割合が高いです。ローション同様になめらかなテクスチャで塗り広げやすく、ローションよりも皮膚保護作用が高いです。ローションとクリームの間のような使用感になります。
その他の使い分け
同じ人が同じ肌状態で使う場合でも、場面によって剤形を使いわけるとよりスキンケアが快適になることがあるため、その一例をご紹介します。
●時間帯による使い分け
朝の忙しい時間帯は、伸びが良くさらっと塗れるローションや乳液タイプを使用し、夜は保湿効果の高いクリームや軟膏を使用します。軟膏やクリームなどの油分が多い製剤の場合は、入浴直後の体が温まっている状態だと伸びやすく塗りやすいです。
●塗布部位による使い分け
頭皮または、背中や脚などの広い範囲に塗る場合は、ローションや乳液などの伸びが良い製剤を選択すると便利です。一方で、手やかかとは汗や水分で落ちにくい軟膏やクリームを選択すると良いでしょう。
●季節による使い分け
夏の汗をかきやすい時期は使用感の良いローションや乳液タイプ、秋・冬の乾燥しやすい時期は軟膏や油性クリームが良いでしょう。水性クリームは水分と油分のバランスが良く1年を通して使いやすいです。
どんな製品に配合されている?
医療用医薬品
医療現場で治療のために処方される医薬品で、購入するためには医師の診察・処方せんが必要です。適応症は、皮脂欠乏症、血行障害に基づく痛みや炎症性疾患、凍瘡(しもやけ)、ケロイドの治療と予防、外傷後の血腫などです。
先発品は「ヒルドイド」、後発品(ジェネリック医薬品)は、「ビーソフテン」や「ヘパリン類似物質」の名前で各社ジェネリックメーカーが製造販売しています。
ヘパリン類似物質の保湿効果が高いことから、一時ヒルドイドが美容アイテムとして雑誌やSNSで取り上げられることがありました。しかし、医療用医薬品を美容目的のために保険適用で入手することは、医療費の圧迫につながるため禁止されています。2018年の診療報酬改定でヘパリン類似物質の処方制限も検討されましたが、アトピー性皮膚炎や抗がん剤の副作用の治療に必要な患者さんも多くいるため、制限は見送りになりました。必要な患者さんに薬がきちんと行き渡るように美容目的での医療用医薬品の使用は避けましょう。
市販薬
第2種医薬品で、薬剤師・登録販売者がいる薬局・ドラッグストア、もしくはオンラインショップで購入することができます。ヘパリン類似物質の濃度は、医療用医薬品と同じ0.3%配合されています。一般的な市販薬は消費者の使用上の安全を考え、医療用医薬品よりも低い濃度で配合されているものが多いですが、ヘパリン類似物質は安全性が高い成分であるため市販薬も同じ濃度になっています。
さらに、製品によっては抗炎症成分のグリチルリチン酸二カリウムやアラントインなど、他の有効成分を配合しているものもあるため、乾燥して荒れた肌により効果的な場合もあります。
医薬部外品(薬用化粧品)
ドラッグストアやオンラインショップで手軽に購入することができます。医薬部外品は普段使いを念頭に置いて開発されているため、穏やかな作用になるよう、ヘパリン類似物質の濃度は0.3%未満の低い濃度になっています。医薬品は治療目的で一時的に使用するには問題ないのですが、常用するとヘパリン類似物質の作用が効きすぎて皮脂が過剰分泌し、油脂性の肌に変化してしまう可能性があります。
また、医薬部外品は毎日のスキンケアで使用しやすいように、香りやテクスチャにこだわって開発されている製品が多いです。さらに市販薬と同様、ヘパリン類似物質以外の美容成分も配合されているため、保湿の相乗効果や、保湿以外の美肌効果が期待できることもあります。
よくある質問
Q.塗る頻度は?
・保湿剤は、朝晩の1日2回を目安に塗りましょう。それでも乾燥が気になる場合は、頻度を増やして塗ると良いです。
・入浴や洗顔の直後は肌の水分量が急激に低下するため、入浴・洗顔後はできるだけ早く(目安は5分以内)に保湿剤を塗るようにしましょう。
Q.塗る量は?
医療現場では、塗り薬の量はフィンガーチップユニット(FTU)がよく使われます。製品に記載がない場合は参考にしてください。
フィンガーチップユニット(FTU)とは、塗り薬を人差し指の第1関節から指先まで出した量のことで、1FTUは成人の手のひらの面積約2枚分に相当します。
ヒルドイド軟膏・クリームは、1FTU=0.5g
ヒルドイドローションは、1円玉の大きさが0.5gになります。
【体の部位別の目安量】
顔・首2.5FTU、胸・腹7FTU、背中・尻7FTU、腕3FTU、手1FTU、脚6FTU、足2FTU
Q.副作用はある?
皮膚炎(0.36%)、搔痒(0.32%)、発赤(0.20%)、発疹(0.16%)などが報告されていますが、いずれも頻度はかなり低いです。
0歳の赤ちゃんから高齢者、妊娠・授乳中も使える安全性の高い保湿剤です。
Q.使ってはいけない人や併用してはいけない成分はある?
ヘパリン類似物質と併用してはいけない成分はありません。
しかし、血液を固まりにくくしたり血行を促進したりする作用があるため、出血性疾患(血友病・血小板減少症・紫斑病など)の方は使用してはいけません。また同じ理由で、皮膚に傷がある場合や火傷直後で皮膚がただれている場合なども使用は避けるようにしましょう。
Q.ヘパリン類似物質はシミに効果はある?
ヘパリン類似物質に直接的なシミ改善・予防効果はありません。
保湿効果により、肌のターンオーバーを正常化することでシミの排出を促し間接的にシミの改善を助ける作用はあると考えられます。
肌が乾燥すると、肌の表面は刺激を受けやすい状態となり、ターンオーバーが乱れます。ヘパリン類似物質で保湿をすることで肌の乾燥を改善できるため、肌のターンオーバーの乱れを整えることができます。
しかし保湿効果⇒バリア機能改善⇒ターンオーバー正常化⇒シミの排出促進と、かなり間接的な作用になるため、シミ対策を期待する場合は、ビタミンC誘導体・ハイドロキノン・リノール酸Sなどの美白効果のある成分が入った薬用化粧品を使用したほうが、高い効果が期待できるでしょう。
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Q.ヘパリン類似物質はニキビや毛穴の詰まりに効果はある?
ヘパリン類似物質自体にニキビの改善や毛穴の詰まりを防ぐ効果はありません。
ただし、肌の乾燥はニキビや毛穴を詰まらせる原因の一つなので、ヘパリン類似物質を塗ることで肌の乾燥が改善された結果として、効果がみられる可能性はあります。
皮膚科の治療で、ニキビの薬と一緒にヘパリン類似物質が処方されることがありますが、これはニキビの薬の副作用で肌が乾燥したり炎症が起きたりしてしまうことがあるためです。
ニキビや毛穴の詰まりには、AHA・グリチルリチン酸二カリウム・アラントインなどの成分の方が効果的です。
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